防衛省に行って来たぜ!!
平日しかツアーをやっていないという防衛省の不親切ツアーにようやく行って来ました。やっとこさ有休とって…。行く一ヶ月も前から予約して…。そしたら地震…。中止にすらならなかったものの、「震災短縮コース」なる節電もかねた特別コースになってしまっていますた。しかも当日は天気予報では80%の降水確率+強風と出ていたため、(でも当日は激晴れ)キャンセルが相次ぎ、通常100人近くのツアーになる所が、何と私をあわせてたった10人というツアーに…。何かが起こる予感がするぜ‼
防衛省見取図
丸でチェックした所が、今回回れた場所です。随分短縮してくれたなコノヤロー的な感が否めませんが、お目当ての「市ヶ谷記念館」は省略さていなかったのでよしとします。そもそも震災の対応で忙しいはずなのに、ツアーを中止しないだけでもありがたいと思わなくてはです!
展示物アーカイブ
軍刀
栗林忠道中将の手紙
「硫黄島からの手紙」でお馴染みの栗林中将の手紙が展示されていました。
もちろんこれは現物ではありません。大切な現物を、ご遺族の方からお借りして写真で接写したものです。ビックリしたのは栗林さんの絵の上手さです。絵心がおありだったんですね。私なんかより断然上手ですよ。こんな心温まる絵を、あの戦場で描いたなんて…。私なら爆弾の音に手が震えて、手紙を受け取った家族に恐怖を煽るような絵になってしまうだろうな…。
旧陸軍大本営
かつては庁舎A棟の場所にあり、このように大きな建造物だった市ヶ谷記念館。
東京裁判が終わった後は、負の遺産として取り壊せとの意見が多かったそうです。おっちゃんがいうには左の人やら右のひとから色んな意見が飛び交う中、結局場所を移して、象徴的だった正面バルコニー部分のみを極力同じ材料を使って再現したそうです。床の楢木も一枚一枚No.をふって元の場所にはめ込んだそうです。
旧便殿の間(前陸自幹部学校長室)
士官学校時代、天皇の休憩所(御便殿の間)だった部屋です。その後は陸上自衛隊幹部学校長室として使われました。大本営が置かれた時期はどうだったのか。おっちゃんに聞いても答えが返って来ませんでした。おっちゃんは突然の質問にてんぱるキャラクターだったのです。(変な事きいてごめんなさい)
あっという間の楽しい一時でした。
今度は短縮コースではなく、フルコースの時に改めて来てみようと思います。
漫画の資料も沢山ゲット出来ましたし。これでもちっと首尾よく更新もできたらええなぁ。
さよなら防衛省!また逢う日まで!




























































































