東京裁判の会場となった旧陸軍大本営「市ヶ谷記念会館」歴史に翻弄された建造物とその変遷

防衛省に行って来たぜ!!

 平日しかツアーをやっていないという防衛省の不親切ツアーにようやく行って来ました。やっとこさ有休とって…。行く一ヶ月も前から予約して…。そしたら地震…。中止にすらならなかったものの、「震災短縮コース」なる節電もかねた特別コースになってしまっていますた。しかも当日は天気予報では80%の降水確率+強風と出ていたため、(でも当日は激晴れ)キャンセルが相次ぎ、通常100人近くのツアーになる所が、何と私をあわせてたった10人というツアーに…。何かが起こる予感がするぜ‼

a-kaibu

防衛省見取図

 丸でチェックした所が、今回回れた場所です。随分短縮してくれたなコノヤロー的な感が否めませんが、お目当ての「市ヶ谷記念館」は省略さていなかったのでよしとします。そもそも震災の対応で忙しいはずなのに、ツアーを中止しないだけでもありがたいと思わなくてはです!

正門

 ジャン!!着いたぜ防衛省!さて受付はどっちだ。挙動不審のため、早くも正門の守衛に呼び止められる。守衛さんに無事受付の場所を教えていただけました。


おっちゃん

 そうこうしているうちにツアー担当の方が来てくれました。何と自衛官です。普段は赤いコートを着た、ツアー嬢が案内してくれるはずが、なにせ震災短縮コースになっているため、急遽このおっさんが案内してくれる事になったとか。結構な身分の方でしたが、名前ど忘れしました。そういうわけで、おっちゃんと呼ばせて下さい。


節電中

 さあ皆揃った所でツアー開始!と、早速節電の手痛い歓迎が。震災以来庁舎へ向かうエスカレーターは止まったままだという。さぁさぁ階段で行きましょうね〜。


庁舎E棟1

 へ〜…。

そっちはE棟ですよ!

 (おっちゃんの説明を聞きつつ。何故か庁舎E棟が気になって仕方ないわし)

 

 


防衛省でBL

 …と思ったらなんかE棟の前で軍人さんがいちゃついている!!!いえいえ、そうじゃありません。彼らは午後の儀仗広場で行われる来賓への挨拶の練習をしているのですよ。捧げー筒!!ちっくなワンアクションを何度も何度も繰り返し練習しています。国家の沽券に関わる需要な役目だけに、指導する教官の熱意が伝わります。


1000円カット

 独身者用の隊舎にある1000円カット。安さと早さが自慢だとおっちゃんが言っていました。ここにいる隊員は休みの時でさえ緊急時に備えて待機しているそうです。


市ヶ谷記念館2

 ああ〜〜!!レトロ萌え〜!!


館内

 照明は今のように明るい物ではありません。東京裁判当時は、「何処から見ても影ができないようにせよ!」とのGHQの命により、いくつも照明器具が取り付けられました。


玉座

 玉座です。ほーん。へー。天皇ってそんなに偉いんかねー。平安時代から税金で飯喰ってる奴らを敬う気なんかに到底なれねー。

 

 


階段

 あ…ここは木戸っちが歩いていた階段…。ちょっとした反骨精神から、あろう事か天皇専用の右側を歩かせたというアホないきさつが。だいたいあんた玉座で何やってたんだ木戸っち。


門番

 受付でツアー担当者を待っていると、門番が「公用車〜!!3台〜!!」とか吠えながら、正門を通る車を監視していました。自衛隊の車だったり、黒塗りの公用車だったり、いづれもやんごとなき気配が漂っています。ここで軽車なんぞ入って来たら、間違いなく止められるだろうな。


受付

 午前中のツアーは9:30から開始です。30分前から受付は出来ます。今日の参加者はわずか10名でしたが、皆さん早々と受付を済ませてくれたので、予定より早い時間に出発出来そうです。


階段攻め

 うんとこしょどっこいしょ。は〜。お年寄りの団体がキャンセルして当然だわこりゃ〜。しかしこの階段は勾配が低くて、非常に登りやすいのだとおっちゃんが力説していました。


庁舎A棟

 「あっちはA棟です!!」

残念ながら今回は屋上のヘリポートへは行けませんでした。今は落ち着いていますが、震災直後は絶え間なくヘリの離着陸が行われてかつて無い程の騒動だったそうです。


庁舎B棟

 防衛省のシンボル。庁舎B棟の巨大なアンテナが見えて来ました。震災の時は「グワングワン」と音を立てて相当揺れたそうです。一見屋上からアンテナが生えているように見えますが、このアンテナは実は地下から支柱がズドンと延びている頑丈な構造になっているそうです。


遊び心

 常に緊張にさらされて過ごす隊員さん。窓際に太陽光でユラユラ揺れるかわいい置物が行き交う人に癒しを与えていました。隊員さんのちょっとした遊び心ですよね。何だか微笑ましかったです。(^^)


正面玄関

 見よこの美しい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


照明

 レトロな照明ですよね。私は今のカーっとした明るい照明よりこっち方が好きです。

 

 

 

 


玉座の床

 こんな…ゴージャスな箱根細工の床…。こんな贅を尽くした玉座…。フン!!プロレタリア階級のわしは一生踏む事はねーでしょうね。

 

 

 


サプライズ

 とか考えていたら。何と今回人が少ないのと、短縮コースのお詫びもかねて、特別にこの天皇専用の階段を登らせてもらえる事に!!ひゃっほー!マジっすか!


誰?

 …の、横でただ突っ立っているだけのおっさん…。誰?何?何かあったらそのライフルでどうにかしてくれるのか。暇そ〜!!ひたすら暇そ〜!!


立入証

 見学者用立入証をゲットしました。イエ〜イ。これで半日私も防衛省の関係者。何処へでもいける…何にだってなれる…(後者は関係ありません)

 

 

 

 


庁舎前広場

 さあ、皆さん、注目!目前に見えるのが、庁舎D棟です!


来賓

 そして今日は大変珍しい事が起こっています。国旗は通常は真ん中に日の丸が来るのですが、本日は午後よりアメリカの来賓が来るので、右に星条旗があがっています。その影響で儀仗広場の見学もおあずけです。ちぇっちぇっ。


なんのこっちゃ

 さあいよいよ市ヶ谷記念館へ向かいますよ。道すがら休憩広場に妙な標語が。なんのこっちゃと思いました。この他にも、「休憩中でも外すな!心の制帽」とかいう標語も。いかなる時でも軍人さんはぴしっとした身なりでいなくてはならないそうです。大変だ。

 

 


市ヶ谷記念館!!

 さあそうこうしているうちに見えて来ましたよー!!お目当ての市ヶ谷記念館!!麗しのお姿!この旧陸軍大本営は漫画にも出て来ますが、元々は士官学校だったんですよね。戦後はかの有名な東京裁判の舞台ともなった歴史ある建造物なのです。


正面玄関2

 エントランスを!!荘厳!

 

 

 

 

 

 

 

 


曲線美

 綺麗な曲線美です。館内の床は、玄関に向かってわずかに傾斜がついています。というのも、天皇がいる玉座から、二階の席が同じ目線か、目線より下かになる様設計されているそうです。球技できんじゃねーか!!


二階

 二階から見た玉座です。成る程二階だってーのに玉座を見下す事が出来ない。何なんだ畜生!!天皇が何だー!!(さっきからスミマセン。単なるプロレタリア階級ゆえのひがみです)


凄かった

 凄かった…!流石天皇専用の階段!見た目には解らないんですが、板の中央が僅かにくぼみが着いていて、膝を僅かに動かすだけでスイスイ登れるようになってるんですよ!確か昭和天皇は歩く時に膝を真っ直ぐ伸ばさないから変な歩き方だったとか。こうやって甘やかすからじゃ!!



展示物アーカイブ

天皇の軍服(緑襟)

阿南陸相の軍服(切腹した時の軍服と同モデル)血染めの軍服は靖国神社にあります。

レトロ水筒

将校用防寒シャツ

東京裁判当時の写真(ご遺族が、GHQに怒られるのを覚悟でこっそり撮った一枚)

勲章

軍服(冬用)

袖の刺繍は天皇用です

将校用コート

千人針

38…?皆さん小柄だったんですね。

戦時中の世界地図

東京裁判時、日本無罪を唯一唱えたパール判事。

勅令の紋章。当時カラー印刷の技術が無く、全て手書きです。100年経っても色あせる事はありません。

補助糸

 胸のプツプツは何かと言いますと。よく写真とかで軍人さんが胸にズラーっと着けている勲章をつける為の糸なんだそうで。バッチじゃなかったんですねアレ。時々着け過ぎやろあんた。って軍人さん見ますが。重さに耐えかねて軍服バリーン破けて乳首さらせばいーのに。


少将用外套。フードがカワユス!!

憲兵腕章(右から左に読む…う〜ん…レトロ!)ナチスのハーケンクロイツに比べたら随分地味ですが。

降伏要綱

ロシアがソ連で東北が満州です。

勅令の天皇のサイン。天皇字きたね!!「むつひと」と、ひらがなっぽく読んでしまう。


軍刀

五七の桐の御紋が入った儀礼刀

これは青龍刀


栗林忠道中将の手紙

 「硫黄島からの手紙」でお馴染みの栗林中将の手紙が展示されていました。

もちろんこれは現物ではありません。大切な現物を、ご遺族の方からお借りして写真で接写したものです。ビックリしたのは栗林さんの絵の上手さです。絵心がおありだったんですね。私なんかより断然上手ですよ。こんな心温まる絵を、あの戦場で描いたなんて…。私なら爆弾の音に手が震えて、手紙を受け取った家族に恐怖を煽るような絵になってしまうだろうな…。

 玉砕直前に硫黄島から届いた電報です。

いわば最後の電報です。正直直視出来ませんでした。


 見えるでしょうか。「散るぞ悲しき」とある栗林中将からの電報ですが、これを公表する際、「悲しい」など公表してしまうと、兵士の士気が削がれるという理由から「口惜し」と修正されてしまったのです。ご遺族に返される時は、改めて「悲しき」と書き直したそうですが、そんな時代背景だった事がむしろ悲しいと感じました。


栗林中将


旧陸軍大本営

 かつては庁舎A棟の場所にあり、このように大きな建造物だった市ヶ谷記念館。

東京裁判が終わった後は、負の遺産として取り壊せとの意見が多かったそうです。おっちゃんがいうには左の人やら右のひとから色んな意見が飛び交う中、結局場所を移して、象徴的だった正面バルコニー部分のみを極力同じ材料を使って再現したそうです。床の楢木も一枚一枚No.をふって元の場所にはめ込んだそうです。


旧便殿の間(前陸自幹部学校長室)

 士官学校時代、天皇の休憩所(御便殿の間)だった部屋です。その後は陸上自衛隊幹部学校長室として使われました。大本営が置かれた時期はどうだったのか。おっちゃんに聞いても答えが返って来ませんでした。おっちゃんは突然の質問にてんぱるキャラクターだったのです。(変な事きいてごめんなさい)

二階にいきまっせ

赤い絨毯が美しいです。

扉です。重厚…。

ここで天皇は七三のセットをしていたのかも

天皇の部屋の扉は全て外開き。何故なら天皇が客を迎える事がありえないからさ。 

別扉からのアングル


木の冊子もレトロ。その時何かに気づく

 窓の冊子の端に妙な空気口が…。ガイドのお姉さんが壁をコンコンと叩くと、中が空洞なのが解ります。当時クーラーなんぞ無かった時代ですが、天皇の部屋だけは空洞の壁を伝って、地下からの涼しい風が運ばれて来たのです。な、なんてこった皆どんだけ天皇を甘やかしとったんじゃい。


 ひえっ。これは三島由紀夫事件のメモリーです。幕僚数名を人質にとって立てこもった際に受けた日本刀による傷跡です。この部屋で割腹自殺を図った訳ですが、一体どんだけ歴史のある部屋なのか目に見えて感じます。




 ああ…。大満足の市ヶ谷記念館でした。ふと去り際に見た館内からのエントランスのシルエットにうっとりしました。


 あっ!!コンビニで雑誌立ち読みしている隊員さんを発見!!何を読んでいるのでしょうか。後で雑誌棚を見たんですが、残念な事にエロ本が一切置いていませんでした。娯楽なさ過ぎ。隊員さん可哀想。


厚生棟

 〆は厚生棟です。ここは隊員や職員の食堂やカフェ、コンビになどがある棟です。残念ながらお土産売り場は撮影NGでした。食堂も一般人は使用不可です。「どんなメニューがあるかぐらいなら見ていいですよ」と言われてもなぁ。


 あ〜あ。楽しかったツアーも終盤。ふと庁舎E棟を見ると。わー!!今朝の訓練まだやってる!!任務お疲れ様です!これだけ練習しているのですから、きっと午後の儀仗広場の挨拶も素晴らしいものになるでしょう。


カフェ

 スタバがあった!!スタバは何処にでも出現しますね。ベルリンでもスタバお世話になりました。主にトイレ使用時に(スタバのトイレは無料だったので)


 何かさっきからチラチラ写真に写っている茶髪のお兄さん。私に負けず劣らず変な質問ばっかしていると思ったら、漫画の取材に来ている編集部の方でした。ブルータスお前もか。「是非見に来て下さい!」と、名刺渡されたんですが、私はもう商業誌は読まないんですよ…。だって好きな物を伸び伸び描いている個人作家さんのweb漫画の方がよっぽど面白いんだもん。




 あっという間の楽しい一時でした。

今度は短縮コースではなく、フルコースの時に改めて来てみようと思います。

漫画の資料も沢山ゲット出来ましたし。これでもちっと首尾よく更新もできたらええなぁ。

さよなら防衛省!また逢う日まで!