昭和への温もりを求めて
スイッチ一つで飯が炊ける。すっかりそんな便利な生活に慣らされている私でありますが、そこは温故知新の姿勢を保って生きて行こうという所存です。
さてそんな「古きを重んじる」為、昭和のくらし博物館の「電気の無い暮らしを昭和の知恵で乗り切る」とうい講習に行って参りました。
五反田から池上線へ乗り換えます。池上線初乗りです。何故か線路が高台にあってJR五反田駅からへんてこな乗り継ぎをする線路ですが、何でも五反田駅から高輪方面へ延長する計画だったのでこのような高架線になったそうです。
じゃん。しっかり昭和11年の五反田駅池上線の資料が石川光陽さんの写真集に載っておりました!あーーレトロ!今はラブホだの飲み屋などがひしめき合った小汚い街ですが、昔はこのようにサッパリした小綺麗な街だったのですね。
池上線のシート・・・。ぷっ・・・やばい。なにこのレトロな黄色は。
思わず写真をとってしまいました。池上線よいなぁ。この界隈は物件も安いとよく聞きます。次引っ越す時は池上線界隈に住もうと思います。
久が原駅を降りてさっそく道に迷いました。
地図にはのぼりがあると表記してあるのですが、しっかりそののぼりをスルーして行こうとした所、同じく博物館へ行こうとしていたおばさまに引き止めて頂きました。有り難い、しかし、何ですかこの絵に描いたような素敵な路地裏はっ‼
うわーーっ‼素敵だ〜っ‼なんだかワクワクしてしまいます。こんな路地裏が東京にも残っていたんですね。まるで「はなしっぱなし」という漫画に出てくる「裏ねこ」の話を思い出します。五十嵐大介さんの漫画大好きです。
細い路地裏を抜けると・・・。
わわわっ。見えて参りました!冊子でしか見た事無かった「昭和のくらし博物館」です。
何て温もりのあるお家なのでしょうか。もう「ただいま〜」といって部屋に駆け上がりたい衝動に駆られます。盛岡の田舎でこういうお家に住むのが夢です。
畑仕事しながら自給自足の生活・・・。夢ですね〜〜。
残念な事に館内は撮影禁止でした。外からの撮影はOKとの事でしたので、いくつかスナップをアップしてみました。
さてさて、今回の講習では昔のパン焼器を使ってガスでパンを焼き、すり鉢でピーナッツバターを作るという講習です。学芸員の方が、パン焼器野の説明をして下さっています。
写真では解りづらいので冊子から抜粋させて頂きました。
戦後、航空機を作る事を連合軍に禁じられた三菱重工が航空用のアルミを使って作ったパン焼き鍋で、上のガスコンロでチョロ火でじっくり焼き上げます。
蓋の三菱のエンブレムがカッコいいです!
はいでは、パンを焼いている間は皆でピーナッツバターを作りましょう。
写真の山椒のすり木は小泉家に代々伝わる物だそうです。
ピーナツはあらかじめバターの味付けがしてあるのもなので、このまますり潰していけば完成するそうです。
学芸員の方が平成ヤングの方にすり鉢の使い方を身振り手振りで教えて下さります。
「へぇそうなんですか」とカマトトぶる私・・・。
解っている。私はそちら側の人間ではない事ぐらい。
あちら側の人間です。はい。
ほれほれ!最初はこーやってピーナツを砕いてからすり潰すんた!
学芸員のおじさんが張り切って実演してくれます。
代わる代わる皆ですり潰していきます。ピーナッツの香ばしい香りが辺り一面に漂っているなぁと悠長に構えていましたら、私に順番が回ってきました。すり鉢はもちろん使った事はありますが、ピーナッツが思いの外固くて上手くすり潰す事が出来ません。
こ・・・こんな物・・・フードプロセッサー だったらあっという間に・・・(あんた一体何を勉強しに来たんだ)
どれ!貸してご覧なさい!
そうこうしているうちに小泉館長自ら実戦してくださいました!
なんという滑らかな手首のスナップ!!
あっという間にピーナッツがペースト状になって行きます。
おお〜!!ペースト状になったー!!
横で見ているだけの私なのでした・・・・。
パンも焼き上がったみたいで、とってもいい香りがします。
じゃじゃ〜ん。綺麗に焼き上がっていました!可愛い。なんだかシフォンケーキのようです。パンは小麦粉に塩と重層を混ぜたシンプルなものですが、当時の子供達にとっては何よりのご馳走だったそうです。
お味は・・・。懐かしい味‼‼この一言に尽きます‼
皆と縁側で食べるパンはまた格別に美味しかったです。
小泉館長のお話
最後に、小泉館長が昔の家事について大変貴重なお話をして下さいました。
「おはぎを作る」という、館長のお母様が実際当時のおはぎ作りを再現した記録映像を上映したのですが…もう、圧巻の一言です。おはぎを作るだけでも一日がかりのお祭り騒動です。こんなに手間と重労働だったのかと…あんこをこすにしてもざるでゴリゴリ何度もこして、ご飯を炊くにも薪を割って土間に火をおこして、あんこを煮詰めるにも七輪を取り出して炭で火をおこして、焦がさないように何時間も混ぜ続けるのです。やっとお米が炊けた!と思いきや、熱くて取り出せないから布巾を被せてしばらく蒸らして・・・もう見ているだけで息切れがして来ました。
しかも当時の小泉家は井戸も水道も無かったのでお隣から毎日の生活用水を桶で担いで運んでいたというから、それを聞いた時は卒倒しそうになりました。当時ではまだ水道管の設備が不十分で、井戸を掘るにもお金が無い家庭が多かったようです。それでもご近所の温かい支援でやって行けたというから、「人の心未だ情けを知る」とは正にこの事だと思いました。しかも、誰一人としてお金を獲るような事はしなかったというのですから・・・なんか・・・本当に今の人間は便利さと引き換えに途方も無くかけがえの無い物を失ったように思えます。
「今は不便でないものまで不便と歌って次から次へと便利な商品を売り出している」と、館長のおっしゃる言葉にただうなづくだけです。皆で手分けをしなくてはやって行けない時代だったからこそ、近所との繋がりもしっかりしていたのだと、確かに、何でもスイッチ一つで家事が終わってしまうから気ままな一人暮らしも出来るのですね・・・。アナログ人間だと思っていた自分も、十分文明の恩恵にあやかった現代人の生活をしていたのです。眼から鱗出っぱなしの講習会でした。小泉館長のお話は本当に聞きに行く価値ありです!東京在住の方は、是非是非行ってみて下さい(^^)






























